『とんぼの蘇州万華鏡』

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zoom RSS ■「戦争に行くという意味」後藤健二

<<   作成日時 : 2015/01/29 18:28   >>

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戦地ジャーナリスト・後藤健二さん、
どんな文章を書く人なのか
見たかった。

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「戦争に行くという意味」後藤健二

(右記より引用 http://www.christiantoday.co.jp/articles/14394/20141026/goto-kenji.htm )

死にたかった、どうせ死ぬなら戦場で死のうと思った−イスラム教スンニ派の過激派組織イスラム国に、戦闘員として参加しようとした大学生の言葉です。戦場で戦うということは自分が死ぬ可能性があると同時に、見ず知らずの相手の命を奪う可能性も持ちあわせています。自分は孤独に包まれて死んでも良いと思っていても、相手には愛する家族もいて死にたいなどとこれっぽっちも思っていないかも知れないのです。

「見えない一線」

同じ戦争の渦中に暮らしながら、戦闘の最前線で戦う兵士と成り行きを見守るしかない一般市民との間には「見えない一線」というものがあります。戦場を訪れるジャーナリストはそこを行き来します。

イラク戦争を取材していたある日、米軍が武装勢力に襲撃された現場に遭遇しました。私はそれまで、この戦争の結末がどうなるのか、一般市民の側から取材して見ていましたが、この時、私は「見えない一線」をまたいで戦闘の最前線“War zone”へ入って行きました。

乗っていた車を飛び出した時、頭の中は真っ白でした。きれいに舗装された幹線道路の上を右手にTVカメラを持ち、左手を上に挙げながら、80メートルほど先の現場に向かって一人駆けて行く。10人ほどの米兵が腹ばいになって、こちらに銃を構えているのが肉眼でも十分認識できました。少しでも動きを間違えば撃たれる、と強烈に実感して「神よ、守りたまえ」と心の中で唱え続けました。

「敵」と見なされた恐怖

戦争に行くという意味 後藤健二

「カメラを置け!カメラを置け!」米兵が2人、大声で叫びながら、銃を構えたままの姿勢でまっすぐに慎重な足取りで近づいてくる。彼らが覗き込んでいるスコープの真ん中に私はいる―私に正確に本気で狙いを定めているのは明らかでした。私は、立ち止って言われた通りにカメラを路肩に置きました。ゆっくりとした動作で、テープは回したまま、近づいてくる兵士の姿が写り込むような角度で慎重に。銃口は、ついに私の左胸十センチのところまできました。兵士は左手で私が首から下げている記者証を確認。無線で本部に連絡を取っていました。銃を構える姿勢は崩していません。私の体は凍りついていました。「OK,オーバー」と答えた兵士は、「ノー、プレス、ゴー・アウェイ(取材は禁止、立ち去れ)!」と言うと、銃を構えたままの姿勢で今度はまっすぐ一歩一歩真後ろに下がって行きました。私は両手を挙げたままの姿勢で彼らの姿が小さくなって、煙の上がる現場に消えていくまで待ちました。

ゆっくりと体を動かし、身を低くしてカメラを構えた時には、現場周辺にはケガ人を搬送するヘリコプターと攻撃ヘリコプターが飛び交い、私の周りを2台の戦車が轟音を立てて走り回っていました。ヘリの巻き上げる砂ぼこりと、戦車の排気ガスをまともに吸い込んでしまい、喉が荒れて激しい咳が止まりませんでした。

罪悪感が生むトラウマ

この事件は、新聞やニュースなどでは放送されませんでした。米軍が襲撃される事件は日常茶飯事でしたし、事件の現場にいたのが私一人だったからでしょう。でも後日、ある事件をきっかけに日本で使われることになりました。日本大使館員の殺害事件です。

編集から放送本番まで、何度も何度もあのシーンを見ることになりました。あの時の緊張感が体の中に異様な熱量で蘇ってきます。そのうち慣れるかと思っていましたが、慣れるどころかどんどん息苦しくなっていきました。一方で、映像を見た人たちは口々に「すごい」とか「危ない」とか「怖いけど良く撮れたね」と言いましたが、私自身はどのくらい危険だったかについて、もうその時点ではわからなくなっていました。

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本気で「敵」扱いをされて銃口を向けられたことは確かにショックでした。でも、私の中でトラウマとなったのは、車を一人出ていった瞬間、心の中で家族に“さよなら”をしてしまったことでした。映像を見るたびに、息苦しさをおぼえるのはその罪悪感からでした。

イラクの復興のために働きに来ていた二人の大使館員は、家族に“さよなら”を言わずに命を落としたであろうに、自分はどうだ?「なぜ、『さよなら』してしまったのか」「『さよなら』をしたのに、なぜ、おまえは生きて帰ってきたのか」と、四六時中、自分自身を責める問いかけが続きました。

与えられた命に対して、勝手に袖をふった罪は大きい。たとえ、どんな状況下であったとしても。それはもう、自分自身ではぬぐいきれない罪ではないか−。

戦争は、人間の心に深い切り傷をつけ、本来豊かである人間の感情を複雑にこんがらがった糸のように狂わせてしまいます。ましてや「見えない一線」を越えてしまったら、命の保証はほとんどありません。

“Yesterday bombed, Today working”

戦争に行くという意味 後藤健二

別の日、爆破された政府系の建物の前を通りがかりました。5階建ての建物の一部は崩れ、窓ガラスはすべて割れています。人々はなにもなかったかのように黙々と建物に出入りして、仕事をしていました。一緒にいたガイド・通訳が、“Yesterday bombed, Today working. (昨日は爆破され、今日は仕事)“と言いました。戦争という異常な環境にありながら、一般市民の生活は非日常と日常の狭間で営まれていきます。

近年の戦場では、兵士だけでなく一般市民も混在している場合がほとんどです。戦争の狂気も、平和な日常もどちらも他ならぬ私たち人間の「生きる営み」なのだとしたら・・・私たちはどちらの暮らしを選ぶべきなのか。すべての人間に与えられた命の尊厳を考えた時、私たちの答えはただひとつなのだと思います。



後藤健二(ごとう・けんじ)

番組制作会社を経て1996年、映像通信会社インデペンデント・プレスを設立。「戦争・紛争」「難民」「貧困」「エイズ」「子どもの教育」の5つの人道分野にフォ−カスし、困難な環境の中で暮らす子どもたちにカメラを向け、世界各地を取材している。NHK「クローズアップ現代」「ETV特集」「BSドキュメンタリ−」、テレビ朝日「報道ステーション」などの番組でその姿を伝えている。
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